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シャープ社友会 会員情報
更新日:2017年 9月 6日
連載:時の流れを訪ねて 鉄道今昔物語

 このページでは廣田直昭さん(0443)が投稿された「時の流れを訪ねて 鉄道今昔物語」を第1回から順次掲載します。
 ■はじめに
  「だんぢり」 で有名な大阪府岸和田生まれの廣田です。 戦後の不況時に当時の「早川電機工業」へ入社しテレビ試作に従事。
  以来退社する迄ずっとテレビ畠でした。
  現在は社友会のSSフォト クラブ・アマチュア無線同好会で楽しんでいます。 コールサイン:JQ3IEM
   昔の鉄道写真を持って、温故知新 時の流れを探しに出かけました。
  記憶をたどり、写真を見ながら、車窓や駅のホーム等からキョロキョロ。
  当時の面影を残す所・大きく変化した所・立ち入れなくなった場所・ 場所の分らない所・・・がありました。
  地元の人に古い写真を見せ場所を尋ね、昔話に花が咲いたり、若い駅員さんを驚かせたり・・・色々な触れ合いがありました。

 ※タイトル(青字の部分)をクリックすると、記事にジャンプします。
    第1回 阪和線今昔物語      第2回 大和路線今昔物語      第3回 南海電鉄今昔物語
 ☞ 京阪神地区(JR/私鉄)路線図のPDF(PDFビュアーで拡大可能)


 【第1回】 阪和線今昔物語
廣田直昭さん(0443)から
掲載日:2017年 6月25日

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  阪和線photoは、大阪市の天王寺駅から和歌山市の和歌山駅までの、61.3Kmを結ぶ
 JR西日本の鉄道路線です。 1929年阪和電気鉄道により、それまで南海鉄道に
 独占されていた大阪・和歌山間の輸送に切り込むため建設されました。
 そのため阪和と南海の間では暫く激しい乗客獲得合戦が繰り広げられましたが、
 1940年に阪和は南海に合併されて同社の山手線になり、更に1944年に阪和間の
 直通路線を有していなかった国鉄に戦時買収され、国鉄阪和線となりました。
  1924年にシャープの創業者早川徳治翁が現在の大阪市阿倍野区に早川金属工業
 研究所を設立されました。 1929年開業の南田辺駅・1938年開業の鶴ケ丘駅は
 90年近くシャープの最寄りの駅として利用されました。
 時の流れを訪ねて 阪和線今昔物語を作成しました。ご高覧ください。   
 ※杉本町駅から美章園駅の区間には開かずの踏切が11か所、全国の開かずの踏切のワースト10の
  3か所の踏切が含まれており、重大な踏切障害事故や主要幹線道路を中心に慢性的な渋滞が発生
  していました。 対策として1983年度から杉本町駅 - 美章園駅間約4.9kmの連続立体交差事業
  が実施され、2004年10月16日に上り線が、2006年5月21日に下り線が高架化されました。
  高架化の前後で大きく風景が変わっています。(編集者後記)



 ※ 写真をクリックすると、今昔の対比写真が表示されます。 左右の < > で写真が切替ります。 元の大きさに戻す時は×をクリックしてください。
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 【第2回】 大和路線今昔物語
廣田直昭さん(0443)から
掲載日:2017年 8月 9日

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  関西本線photoは名古屋駅から亀山、奈良駅を経てJR難波駅(旧湊町駅)に至る鉄道
 路線(幹線)です。 現在のルートは1900年関西鉄道により開業。 その後名阪
 間は官設鉄道(東海道本線)と激しい競争を繰り広げ、関西鉄道は東海道本線より
 20分所要時間が早いスピード競争や、記念品を配ったり運賃を半額にする等派手
 な誘客作戦を実施しましたが、1907年に鉄道国有法により関西鉄道が国有化され
 競争も終わりを告げました。 国有化後はローカル線化していましたが大正時代
 に入って大阪電気軌道、参宮急行電鉄(現在の近畿日本鉄道)等の私鉄が並行して
 路線網を伸ばしてくると、輸送量が逼迫していた東海道本線に代わり、これらの
 私鉄路線に対抗する路線として注目され近鉄に先んじて名古屋駅湊町駅間に快速
 列車が設定されました。 戦後は全国に先駆けて気動車化されてスピードアップ
 が図られました。 その後、東海道本線が全線電化され、近鉄もスピードアップ
 を実施。 さらには東海道新幹線の開業によって関西本線は名阪間輸送の第一線
 から退くことを余儀なくされました。 1988年電化区間の 加茂駅-湊町駅(現在
 はJR難波駅と改名)に大和路線 の愛称を使用開始。   加美駅・久宝寺駅は
 シャープ平野工場・八尾工場の最寄駅です。 60年程前の鉄道写真を持って時の
 流れを訪ね関西本線(大和路線)の今昔物語を作成しました。ご高覧ください。


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 【第3回】 南海電鉄今昔物語
廣田直昭さん(0443)から
掲載日:2017年 9月 6日
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南海高野線に関しては☞ 南海高野線photo (POPUP表示します)
  南海電鉄photo(南海電気鉄道株式会社)は、大阪ミナミの難波と和歌山・関西空港・
 高野山などを結ぶ大手私鉄で純民間資本としては現存する日本最古の私鉄です。
 2015年に創業130周年を迎えました。 全線がJRの在来線と同じ軌間1,067mm
 の狭軌で、関西の大手私鉄では唯一標準軌(1435mm)の路線を有していません。
 また地下駅がなく、地下鉄乗り入れ対応車両も保有していません。
 大手私鉄でこの両方が該当するのは、南海以外では西日本鉄道(西鉄)のみです。
 【南海本線】1903年難波駅~和歌山市駅間が全通。 大阪市 - 和歌山市間の都市
 間輸送を担う路線ですが、空港線を経由する関西国際空港へのアクセス路線、和
 歌山港線を経由する和歌山港へのアクセス路線の性格も。 和歌山港~徳島港間を
 運航する南海フェリーと本州四国連絡ルートを形成しています。
 大阪平野では南海本線の山側に競合路線のJR西日本阪和線が並走していますが、
 府県境付近の経路は大きく異なっており、山岳区間が長い雄ノ山峠越えの阪和線
 に対して、南海本線は山岳区間が短い孝子峠越えで和歌山市へ至ります。
 沿線には都心の高層ビル群や工業地帯の他、日本の大手私鉄ではあまり例の無い
 海岸線が至近距離から見える区間がある一方で、短距離ながら峠越えのトンネル
 もあるなど、車窓からはバラエティに富んだ風景が見られ路線自体の長い歴史も
 相まって、開業以来現在まで民営を貫いてきた路線として、鉄道唱歌 第五集photo
 於いて当線の駅や沿線風景が歌われています。 車窓から美しい海岸線が望めた
 箱作付近も埋め立てや樹木の生長などで海が見えなくなって乗り鉄の楽しみが
 少なくなりました。 孝子付近は昔の面影が残る懐かしい場所です。


 ※ 写真をクリックすると、今昔の対比写真が表示されます。 左右の < > で写真が切替ります。 元の大きさに戻す時は×をクリックしてください。
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  ☞ 京阪神地区(JR/私鉄)路線図のPDF(PDFビュアーで拡大可能)
 ※こちらもご覧ください
  猪崎 徹さん(3710)の 「連載 : 東海道五十三次踏破記録」 ←クリックすると開きます。
  猪崎 徹さん(3710)の 「連載 : 川越街道 踏破記録」 ←クリックすると開きます。
  猪崎 徹さん(3710)の 「連載 : 中山道六十九次踏破記録」 ←クリックすると開きます。
  嶋田 博次さん(5108)の 「特集 : 季節の便り」 ←クリックすると開きます。

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