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シャープ社友会 会員情報
更新日:2018年11月 7日
連載:北井 勲の独り言

 このページでは北井 勲さん(2724)が投稿された「北井 勲の独り言」を第1回から順次掲載します。

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(5)
photo 掲載日:2018年11月 7日
(4)
photo 掲載日:2018年 9月 6日
(3)
photo 掲載日:2018年 7月 6日
(2)
photo 掲載日:2018年 4月23日
(1)
photo 掲載日:2018年 3月18日


 ☆ 北井 勲の独り言(4) アーケード街のツバメ・・・ 
北井 勲さん(2724)から
掲載日:2018年11月 7日
 人はその多くが自分を中心にして動き勝ちであるが、鳥たちの姿も果たして同じ
なのであろうか? この親ツバメを見ながらそう思った。
 奈良のアーケード街の一画で人の社会を利用しながら子育てをするツバメの親子
の姿に、持ちつ/持たれつの観念を見た思いがする。 さりとて親は親で自分の生活
も顧みながらの子育てである。 自分の世界をきっちり持ちながら子育てができる
ことは素晴らしいと・・・。
 なのに人間の昨今の姿には辟易するもので溢れている。
虐待、子殺し、親殺し、誘拐殺人など上げれば枚挙がないほどである。
 少し目をパッチリ開いて回りを良く見れば、思わぬほっこりする光景が目に飛び込
んでくるものだ。 人の振り見て我が振り直せということで、人の回りを良く見て欲
しいものだ。
  この際はツバメの振り見て、もう少しゆとりの目で何事にも接して欲しいと思う。
 余りにも回りを見ないし、関心を示さない生き方はおかしい・・・。 もっともっと人々が関わりを持つ正常な社会になって欲しいと思う。
 今の社会は異常な社会! 決して正常では無い!
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 ☆ 北井 勲の独り言(4) 先人の後に続く・・・ 
北井 勲さん(2724)から
掲載日:2018年 9月 6日
 この写真程、自分の気持ちに影響を及ぼしている写真は見当たらない。
2000年に内モンゴルに出掛けた時にゴビ砂漠の東端を駱駝の背に乗り、旅 する機会を得た。最後尾の駱駝に乗り、皆の後を着いて行ったのである。
 私の廻りから小学校、中学校、高等学校の同級生達が逝った。職場での
同僚や、先輩達も逝った。知人達も逝った。その数たるや30数名に及ぶ。
 この写真を見る度にこの人々を思い出す。 そして今自分はこの人たち
の後をひたすら歩んでいるのではないだろうかと想う。 この人たちの想
いを胸に私は歩かなければ自分の生きる価値はないのだと想う。そう想う
ことで自らを奮い立たせ、自分に課せられた責務であるのだと思いながら
歩んでいるように思えて仕方が無い。  人には人それぞれの生き方は、
あるのだろうけど自分にはこれが一番相応しいと考えている。
 ずっと、ずう~っと人を支える縁の下の力持ちとして、はたまた黒子と
しての自分の姿が相応しいのだと思い続けている今日この頃なのである。
人々に併せ、我を捨てるコト難しい!
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 ☆ 北井 勲の独り言(3) 父・母を想う・・・ 
北井 勲さん(2724)から
掲載日:2018年 7月 6日
 父を思う事が多くなって来た。 母を想うことも多くなって来た最近の自分が居る。
父母の亡くなった年令に近づいて来たかも知れないが・・・。
 父は一ヶ月の入院の後、逝ってしまったが、母は十年もの間その介護に付き合わされた。

 父が逝った後、暫くしてイタリアに行くことがあり、湖の辺の教会でこの光景に出会った。
蝋燭の火を見ていたら、やたらと父の事が思いだされた。 今の自分はこの父の残した道を分野は違うけど
歩んでいるようでもある。 自分で手を下すものづくり、父の残した道具を使う度に父への想いが蘇る。
蝋燭の炎を見る老婆と共に父に祈った。

 母は長い介護の中で私の定年と共に逝った。 10年の介護の中で何十回と無く役所の介護福祉課に脚を
運んだ。 今はどうかは解らないが介護の仕組みが毎年変ってそれの対応に悩んでいた時代でもある。
役所に通う道すがら、この噴水を眺めながら死の世界と生の世界を見つめ考えて居た。

 世の中の不条理に悩まされた時代で、この福祉政策の仕組みに怒りを抱いていた時代でもあった。
この国は本当に弱者の立場で物事を組立てているのだろうか?
国の事情で組立てているのが見てとれるのである。
誰のことを一番に考えるか、考えて行動するか?  現在の自分の在り方を多く学んだ時期でもあった。
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 ☆ 北井 勲の独り言(2) 「気配を感じる」
北井 勲さん(2724)から
掲載日:2018年 4月23日
 現在の日本の住宅ほど均質的なものは無いだろう。東京から窓越しに見える住宅は大阪迄ほぼほぼ
同じ顔をした家で埋め尽くされて、本来豊かな表情をしている筈の地方特有の表情は失われた。
日本列島北から南まで豊かな地域文化があったのに最早今はその存在を捜すのも難しいほどである。
これだけ、地域創成が声高に叫ばれているにも拘らず、掛け声倒れに終わり実情は金太郎飴もどきに
陥っている。かつて住宅は地方の季節を上手く捉えて、その風土に併せ暮らしの基本と位置づけられて
いた。 その風土の中で歴史や文化が育まれ、それらに囲まれての暮らし方をしていたように思う。
 奈良の伝統的な家の中の一コマであるが、障子を少し空けて外の空気や気配を敏感に感じとれる家の
作りは今では見られない。 気配を感じるような家は捜すのが難しくなった。
頑に家を守る人が居られるのは地域にとっては非常に嬉しいことなのである。
周りを取り巻く家々と、この家の関係が心地良いのである。この地域在りの、この家の存在と言える。
 随分昔の話になるが、出張で栃木工場に行く電車の中から真夏の田んぼの中の一軒家を見つけた。
家の周りの戸の全てを開放し、田に吹く風と一体化した光景はいまだに記憶の中に残る。
 日本の家の在り方の原風景なのだと。 あの家で昼寝したい…。
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 ☆ 北井 勲の独り言(1) キラリ一番星
北井 勲さん(2724)から
掲載日:2018年 3月18日
 昨年暮れに作った作品である。
今迄、溜まり溜まった或る思いを「かたち」にしたいと思い作った。

 人は実に多様であり誰1人欠けてはならない存在だろうと常々思ってきた。
多様性の時代だと言われながらも、その実態は格差社会であり、差別社会なの
ではないだろうか?
 アールブリュット・ボーダレスアート等ともてはやされ、知的障害者のアー
トを取り上げる風潮が強いのである。
 しかし、彼ら側から見れば私たち健常者と言われている人々の実態は、ある
意味で障害者だらけなのではと思う程である。今の日本の社会は所謂健常者、
裏返せば障害者で動いているのではないかと思う程なのである。
多様化を唱えるなら総て含めて構成されているこの社会と認識して対応すべき
ではないだろうか? 誰もが光の当て方一つで光り輝くものでは無いだろうか
・・・そう考えたらこの作品が生まれた。
 人はそれぞれ異なる資質を持っていることを肯定しなければならない。
が、知らず知らずのうちに格差社会の線引きをしているのが今の社会と言える
のではないだろうか?
 この社会の中で光り輝く「キラリ一番星」を多く作りたいと願う。
光り輝くための「光りの当て方」を、より多く作ることが我々の使命と言えるのだろう。
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