第7回歴史探訪の会ご報告

 古くから自治都市として繁栄してきました『平野郷』を探訪しました。19日に実施しました翌々日の毎日新聞に
「わが町にも歴史あり」で平野郷が掲載、「杭状の川俣」から「杭全」にと私たちが探訪したところは旬の知られざる大阪として掲載されています。

              

 今回は平野を語らせればこの人しかいないと言う、平野の住人、平野郷HOPEゾーン協議会会長で平野和郷衆・惣年寄の松村長二郎さんの解説で、寺社・仏閣・史跡、古くて懐かしい町並みを、見て・聞いて、遠い昔に・・あるときは7~8歳に経験した時代にタイムスリップしながら探訪いたしました。

                                              
                             平野環濠跡で説明される松村さん

 まずは冒頭に紹介しました「杭全神社」に。

             
                  杭全神社

 ここで平野の町について・・・「蝦夷を征伐した平安時代の武将、征夷大将軍・坂上田村磨の次男、広野麿がこの土地を所領としたので、「広野」が訛って「平野」になったそうです。
広野麿は百済人との説明を聞き、杭全神社の境内には「平野環濠跡」の碑があり水路があり今は名残の橋があるだけ、南北朝から戦国時代にかけて交通の要衝だっただけに戦禍に巻き込まれた、そこで灌漑の役目や外敵から防衛するために濠を巡らせ土塁を築いた一部が残っていました。

                                              
                              杭全神社で説明を聞く

神社の第一殿は元禄時代、第2殿第3殿は室町時代中期のもの大阪で1番古い建造物、唯一残っている(全国)連歌所があります。

 中世の自治都市・平野郷・・武士はいない町人で運営、河内木綿の集散地でもあり、これが加工で幾重にも利益をだし元々商業の町、知恵の出し合いによって栄えてきた「平野郷衆」そのDNAが今に引き継がれ文化・教育・伝統行事等、住む人により受け継がれ住む人に、愛される町だそうです。

 杭全から大念佛寺へ移動融通念佛宗の総本山で本堂は大阪府下最大の木造建造物で拝観を済ませ昼食を取りました(お寺さんには昼食場所の提供有難う御座いました)

       
             大念佛寺                    冷房の効いた休憩所で昼食

 当日猛暑にも負けず昼から長宝持・全興寺と探訪する途中、平野町ぐるみ博物館の町並みを拝見、どこか見学したかったのですが生憎第4日曜日のみ開放とのことでした。

                             
                   松村さんの映像資料館

 長宝寺は、桓武天皇の妃であった坂上春子姫が出家して開いた寺院、尼寺で慶心という尼さん、地獄へ行って戻り「よみがえりの草紙」や閻魔王から頂いた「宝印」が寺に伝わり、5月18日のご開帳にはオデコに押してくれるそうです。極楽行きのそれこそ顔パスです。

                         
                  長宝寺                     宝印の由来と宝印(右上)

 笑いも誘いながら「小林新聞舗」の前を通って全興寺へ。

             
                       小林新聞舗

 ここには道標がありみちしるべの狭山・高野山・すぐ信貴山等々、いかに平野郷が種々街道・主要道の要になっていたかを今に残しています。
この寺は聖徳太子により薬師堂が建てられ、ここに人々が集まり平野の町が広がっていったと言う全興寺の起こりです、何故か駄菓子や博物館や地獄堂などあります。

     
              全興寺                           地蔵堂

 ここで一休み南海平野駅階段上った部屋(地域のふれあい場所?)で学問の話。

                     
               南海平野駅階段登り口の看板

「含翆堂」について商人の町平野はここで学問を習うのですが士農工商関係なく無料お金持ちの寄付で賄い、余った寄付の活用でむしろ増やしていった、さすが商人の町頭をフルに使い官に頼らず「自治都市平野」の生きた町造りの原点になっているように思います。暑い中松村様大変有難う御座いました。


         
                       記念撮影(大念佛寺で)


                                                                       (文:M 写真:I)