2007年11月21日  参加者 24名

 今回は大化の改新の立役者である藤原鎌足とゆかりのある人や場所を尋ねて奈良桜井を訪れました。
朝9時半、桜井駅から奈良交通のご好意で我々専用の臨時バスでゆったりと出発しました。
まず車内で、内海案内員から時代背景の年表や、蘇我一族、藤原一族がいかにして天皇家との関係を深めて
権力を強めていったかなどの説明を資料と共に聞いた。

 又、日本には約20万の姓があり、この内4000が藤原氏の氏族(分家)がある。この由緒ある分家の姓に
榊、森、渡辺、矢部、宇田、上村などこのクラブに所属する人もおられる、と言われバスの中は大笑い。
 約半時間で談山神社駐車場に着くと、紅葉シーズンでそこにはもう観光バスや乗用車が一杯停まっている。

 神社の入り口からの長い階段を上がると、朱塗りの本殿や十三重の塔などが紅葉の木々をバックに鮮やかな
姿を見せてくれる。
早速拝殿に上がり、神官から談山神社の歴史や建物の特殊な構造などについて説明を受ける。
拝殿の中には、藤原鎌足(幼名 中臣鎌子)が生まれてから、中大兄皇子との出会い、乙巳の変(大化の改新)で
蘇我入鹿の首が飛んで行く様を描いた絵巻物など貴重な品々が展示され興味をそそられる。
 境内には、つい一週間前に屋根の桧皮を全て葺き替え華麗な姿を見せてくれる十三重の塔や、藤原鎌足公の像を安置する新廟拝所など見所が多くある。
               
                                                 桧皮葺きの屋根が美しくなった十三重の塔
    
                                                     
                                                                               新廟拝所
  
8名の人は、神社の裏山にある中臣鎌足と中大兄皇子が蘇我入鹿討伐の相談をした「談い山」と鎌足公の墓所と言われる御破裂山に登ることになり、別行動をとる。
長い階段を10分ほど登ると、分岐の案内板があり そこからは少し登った所が「談い山」、ご相談所の石碑の前で揃って記念写真を撮る。

       
 
 
そこからさらに約10分登った所に鎌足公の古墳があり、お参りのあと展望台へ。この日は天気が良く大和盆地
から大阪の市街地のビル群、更に大阪湾から六甲山脈まで眺める事が出来た。(ラッキー) 

                       
                               大阪湾から六甲山脈まで眺める

 集合時間に全員「けまりの庭」に集合、全員の写真を撮った後、神社の全景が見える所で紅葉を眺めながら昼食。

       

又、臨時バスに乗り今度は聖林寺へ、この寺は鎌足の長男定慧が712年に庵を結んだと伝えられる。

                          
                                       聖林寺

庭からは優美な姿の三輪山と、卑弥呼ゆかりの箸墓古墳や弥生時代の纆向遺跡全景が見下ろせた。

      

本堂では立派な子安延命地蔵菩薩や、国宝の十一面観音菩薩立像を拝観、みんなきれいなお顔と流麗な衣のお姿にうっとり。
今日の例会は一応ここまでで蛇草会長の挨拶で締めるも、希望者が多く18名の方が安倍文殊院までの散策に特別参加。

 まず、談山神社の一の鳥居、大きな石の鳥居は昔からの談山神社の繁栄振りを思わせる。

                          

そしてメスリ山古墳、全長220mの大きな前方後円墳、大型円筒埴輪が大量に出てきた事と、歩きながら前方後円墳の形が実感できるのが特徴。次に安倍寺跡で金堂、塔跡、瓦の窯跡など見学し、安倍文殊院へ。

      

ここでは西古墳 と東古墳があり造営された。

    

    

年代の違いを確認し展望所へ、そこからは葉牡丹や多くの花で作られた来年の干支「ねずみ」の作品が。

                       

次に住宅街など開発に埋もれてしまった「艸墓古墳」で造営時の石棺を見学し、桜井駅で3時半頃解散しました。約4Km,1時間半、晩秋の田舎の風景を見ながらの古墳の勉強となりました。

                                                                       (文:U 写真T・U)