平成31年1月度句会入選句鑑賞     谷川 憲選



  笑っては済まなくなった物忘れ     村上 玄也  
  
  先日105歳の女性書家の長時間インタビューをテレビで見る機会がありました
 たどってきた道程と今を理路整然とよどむことなく話されておられびっくりしま
 した。われわれ凡人はひょっこりの物忘れが、だんだん大事なことも忘れること
 がよく起こります。笑って自嘲では済まなくなる物悲しさを詠まれた川柳らしい
 句と思います。

 
 ライバルの笑顔に負けたなと思う   今田 和宏
  
  互いにライバルとして切磋琢磨している友人であっても、時としてどちらかが
 先に昇格することがあります。昇進の時期に外出先から戻ったらそのライバルに
 隠せぬ笑顔のようなものがあり、瞬間負けたと直感する心理をさりげなくズバリ
 と詠んだ秀句と思います。

 鳴き切って蝉はじたばたせずに逝く  升成 好
 
  藤沢周平の「蝉しぐれ」の映像の象徴的なシーンのように思いました。地上へ
 出た蝉は数日間の命を燃やしあらん限り鳴き続けます。「鳴き切って逝く」命の
 輝きと潔さを見事に表した句と思います。

 字幕見て笑う間抜けなタイミング   奥 時雄
 
  外国語が分らず字幕を頼りに映画鑑賞していました。クスリと笑うウイットな
 ら良いのですが、コメディなどでは思わず笑い声が出ます。確かに間抜けなタイ
 ミングですね。「笑う」という題から映画の字幕に飛ぶ発想に脱帽です。

 金婚の祝に贈るロース肉       崎山 喬

  
  結婚50年、苦楽を共にし共白髪の仲睦まじいご夫婦への賛辞です。お子さんや
 お孫さんに囲まれたお祝いの席でしょう。まだまだ長生きして欲しいと贈るロース
 肉が光っています。

 腕組んで昔はデートいま介護     河邉 滋郎


  颯爽としていた若い頃から老夫婦になった今を「腕を組む」というフレーズを
 キーに17音で詠んだ秀句です。重い内容を軽やかにリズムよく詠われています。